寫眞行脚 その6

 それができれば世話ないよってハナシなのですが、なぜ写真によってアリな写真とナシな写真とが存在するのでしょう。

 つまり、それをどうやって選んでいるのかって事なんですけど、街のスナップなんて、誰もが同じ条件で撮ってて、それでいて上手い、ヘタなんて感じるのが不思議・・・と言うよりも大変興味深い。

 

RICOH GR21 / Kodak 400TX

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コメント: 5
  • #1

    to-fu (火曜日, 05 5月 2009 00:27)

    オレはまずもって本人が納得しているならどんな一枚でもアリだと思います。
    理解できないのは、自分でもコレはダメだな…て感じてるのにセレクトする人(苦笑

  • #2

    (火曜日, 05 5月 2009 09:29)

    見る人にとってキモチイイかどうかなんすかねー
    違和感というかズレというか。
    でもキモチイイズレとかあるから困る

  • #3

    1048 (火曜日, 05 5月 2009 13:07)

    to-fuさん>
    オレも本人が納得しているかどうかって大事だと思うんですが、最近、それって不可侵的なもので、悪いと思っていても踏み込めないような事であって、良い悪いは頭の中で判断してるなぁって思うのです。
    親馬鹿的なセレクトは撮る数が少ない人ほどそうなるんでしょうね。

    七さん>
    自分と似てるから気持ちいいときと、似てないから気持ちいいときがありますね。
    オレの場合、七さんは後者かな。フレームからはみ出してる感じのとかは、特にそう感じます。

  • #4

    (水曜日, 06 5月 2009 01:17)

    今朝読んでずっと頭の片隅にありましたが、自分の撮り方や選択の仕方に厳しさがないので、言えることがないようです。
    もっと撮りたい、もっといいのが撮れるんじゃないかという欲求は前より強く感じるのですが、見る目も養わないと迷走してしまうかもしれませんね……。

  • #5

    1048 (水曜日, 06 5月 2009 13:00)

    狛さん>
    他人の写真見て善し悪しの判断してるのも自分の基準ですからね。
    勉強すると理論優先でつまらなかったり、先天的にセンスがある人が居たりで、昔から思うんですけど、写真って残酷なものですよ。